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重要なフッテージ、素晴らしい逸話、そして大切な社会的な描写にあふれている。パンクの世界に存在するギャップを埋める必見の映画
   Cinemagazine
歴史に埋もれがちな、反抗的で卑猥で画期的な女性ロックバンドの魅力的な物語。
   The Upcoming
世界初の女性パンク・ロック・バンドを描く、エンターテイニングなドキュメンタリー映画。
   Little White Lies
パンク・ロックそのものの美学に導かれた数々のアーカイヴや貴重な映像。スリッツの功績を称える作品だ。
   FILMINK(Australia)
素晴らしく構成され、最後まで観る者を離さない。
   Decider
未来の世代に向けて、遂にしっかりと構成されたスリッツの物語が記録された。
   BUST MAGAZINE
タイトで観客を逃さない。重要で興味深い歴史を綴る。
   The Arts Desk
パンク・ロック界からの戦争映画のようだ。過去のボケたモノクロ映像は単にその威厳を高めることに成功している。9/10点。
   PLEDGE MUSIC
信じられないくらい保守的な作りだが、アーカイヴ映像の力とフレッシュな分析力に富む証言の数々で、過小評価されたバンドを描く、誠実なポートレイトとなった。
   WIRE
やっと。スリッツを描く映画の登場までに、なぜこれほどの時間がかかったのか!
   Record Collector
パンク・ロック史上2番目に影響力を誇ったバンドのポートレイト。
   CLASSIC ROCK
SLITSは76年にロンドンで結成される。FLOWERS OF ROMANCE(注:SEX PISTOLSでベースを弾く前のシド・ヴィシャスが在籍して後にCLASHやPILでギターを弾くキース・ケヴィンも在籍)を脱退したパリマリヴ(ds)が、バンドの創設者だ。まず彼女は、パティ・スミスのライヴ会場で目立っていた14歳のアリ・アップ(vo)をスカウトする。
同年の夏にはケイト・コラス(g)とスージー・ガッツィー(b)もメンバーになって活動が始まるが、二人とも在籍期間は短かった。まずベーシストは、ベース未経験ながら以前からパンク・シーンに関わっていたテッサ・ポリットに。ギタリストは、ライヴを観てSLITSとセッションしたいと言ってきて試したら相性が良かった、元FLOWERS OF ROMANCEのヴィヴ・アルバータインに変わる。バンド名の考案者だったにもかかわらずケイトはクビで(MO-DETTESを結成)、メンバーは固まった。
 その4人になってSLITSは、デビュー・シングル「White Riot」のリリースに伴う77年5月のCLASHの“ホワイト・ライオット・ツアー”を、BUZZCOCKSやSUBWAY SECTらと回る。パリマリヴは101'ersで活動していた頃のジョー・ストラマーと一緒に暮らしていて、ヴィヴがミック・ジョーンズと恋人関係だったという具合に、後にCLASHで活動する面々と以前からメンバー個々が深い付き合いがあったからツアーに誘われたと思われる。その模様は最初のマネージャーのドン・レッツ監督の映画『パンク・ロック・ムーヴィー』にも収められた。
    ポスト・パンクのイメージも強いし彼女たちはそう呼ばれたがらなかったが、SLITSは間違いなく女性のみのメンバーによる世界初のパンク・ロック・バンドだった。
彼女たちの進化のスピードにレコーディングが追いつけず、生硬なパンク・ロック時代のSLITSのサウンドはシングルやオリジナル・アルバムで録音されてないが、ライヴをはじめとするレコード・デビュー前の77年から78年にかけての初期音源も収めた以下の編集盤で聴ける。『Untitled (Bootleg Retrospective)』『Typical Girls Live In Cincinnati & San Francisco USA』『The Peel Sessions』『In The Beginning (A Live Anthology 1977-81)』『Live At The Gibus Club』。音源化タイトルを上記したようにBBCの名物ラジオDJだったジョン・ピールは、77年の9月に彼女たちを呼んでスタジオ・ライヴのSLITSの曲をいち早くオン・エアしていた。
 評判が広まりつつあったSLITSは、ROXY MUSICやULTRAVOXを出しつつボブ・マーリーをはじめレゲエものを多数発売していたメジャーのアイランド・レコードと契約。しばらくしてリーダーのパリマリヴが脱退するが(RAINCOATSに加入)、SLITSの3人はレコーディングを決行して79年の9月にデビュー・アルバム『Cut』をリリースする。
 助っ人でドラムを叩いたのはSiouxsie and the BANSHEES加入直前のバッジーだが、柔らかいリズムながらタイトな彼のビートでSLITSのサウンドは一新した。当時レーベル・メイトだったレゲエ・バンドのMATUMBIのギタリストで、The POP GROUPの『Y』を手がけたばかりのデニス・ボーヴェルがプロデュースした影響も大きい。アイランド・レコード創業者のクリス・ブラックウェルがSLITSのライヴ録音のカセットを聴かせ、デニスが気に入ってレコーディングを承諾し、計10週間で完成。贅肉を削ぎ落したすき間の多いダブを応用した音作りで、粗削りのパンク・サウンドが整理された代わりにSLITS持ち前のポップ感が際立つ仕上がりになった。
 パリマリヴ脱退の一因ともされるレコード会社などのアイデアのジャケットは、当時のアリの年齢と現代の“常識”ならアブないが、天然の挑発がSLITSらしく部族になるため戦士のスタンスで臨み、CLASHとの仕事で知られるペニー・スミスが薔薇園で撮影。マーヴィン・ゲイのカヴァーをB面にしてシングルになった代表曲の「Typical Girl」など、フェミニズムというアカデミックな言葉で型にはめられる前の純な日常の視点で女の子を解き放つ。プライヴェイトな曲も多く、「Ping Pong Affair」では恋人だったミック・ジョーンズとの関係について、FLOWERS OF ROMANCE時代の曲の「So Tough」ではシドのことを、ヴィヴが書いている。
 SLITSは男性的なロックのスタイルからますます離れていく。その一環で、80年にレゲエのジョン・ホルトのカヴァーのシングル「Man Next Door』、新加入のブルース・スミス(ds)が在籍のThe POP GROUPとのスプリット・シングル「In The Beginning There Was Rhythm/Where There's A Will..」を発表した。
 81年にはメジャー・レーベルのCBSからオリジナル・セカンド・アルバム『Return Of The Giant Slits』をリリースする。マネージャーのディック・オーデルがSLITSとプロデュースし、半数近くの曲で再びデニス・ボーヴェルも関わり、フリー・ミュージック系のスティーヴ・ベレスフォードも参加。ネナ・チェリー経由で入ってきたアフリカ音楽やジャズも溶け込み、束縛されない音楽性が進化して曲が長くなってバンド形態がイメージできないパートも多く、ダブの音作りに覆われた自由な音空間を作り上げて歌い踊っている。無邪気なようで落ち着き払ってもいる不思議な佇まいだが、実験的ながらよりプリミティヴでポップな遊び心もいっぱいなところがSLITSの真骨頂だ。
 セカンドは力作だったが、リリースまもなくしてSLITSは解散してしまう。アリは、プロデューサーのエイドリアン・シャーウッドのダブ・プロジェクトであるNEW AGE STEPPERSの81~83年の3作でヴォーカルを披露するも、以降は表立った活動を休止する。
 2000年代に入るとアリは本格的に音楽活動を再開。2005年にファースト・ソロ・アルバム『Dread More Dan Dead』を出すが、20年以上音楽シーンから離れていたテッサを同時期に誘ってSLITSを再編する(注:ヴィヴはソロ音楽活動を始めた2009年に2度SLITSのライヴに出た以外は不参加)。SEX PISTOLSのポール・クック(ds)や元Adam and the ANTSのマルコ・ピローニ(g)の協力を得て、2006年に復活EP『Revenge Of The Killer Slits』を発表。パリマリヴが作詞してリアル・タイムでは音源化しなかった、極初期の強烈なパンク・ロック・ナンバーの「Number One Enemy」も録音している。さらに2007年には日本ツアーも果たした。
 アリとテッサは、ポール・クックの娘のホリー・クック(kbd.)を含む新メンバーのアデーレ・ウィルソン(dr.)、アンナ・シュルテ(g.)、リトル・アンナ(メロディカ他)、を迎え入れて、レコーディングに突入。エイドリアン・シャーウッドがミックスやプロデュースで関り、SLITSはオリジナル・アルバムとしては約28年ぶりのサードの『Trapped Animal』を2009年に発表する。
 ゲストも多数参加して洗練されたポジティヴな仕上がりだが、“覚悟”していたような渾身のヴォーカルで歌い抜いたアリは長い闘病の末に、アルバム・リリース1年後の2010年の10月に48歳で他界。その報はアリの義理の父親にあたるジョン・ライドン(SEX PISTOLS~PIL)がオフィシャル・サイトで、妻であるアリの母親との連名で世界中に伝えた。二人はアリの息子の保護者になっている。
TEXT BY KAZUHIKO NAMEKAWA
監督・脚本・撮影・編集
ウィリアム・E・バッジリー
出演
ドン・レッツ、ヴィヴ・アルバータイン、ポール・クック、アリ・アップ、デニス・ボーヴェル、テッサ・ポリット、ケイト・コラス、バッジーほか
本作は世界初の女性のみのパンクロック・グループ、スリッツの歴史を70年代中ごろのバンド結成時から、解散以後のメンバー個々のストーリー、2005年の再結成、そして2010年、本作の制作中に癌でヴォーカルのアリ・アップが亡くなるまでを追ったドキュメンタリー映画。
アーカイヴ映像や初めて公となる写真の数々、メンバーの証言やファン、プロデューサーや評論家などスリッツに影響を受けてきた面々のインタビューで構成された本作は、まさにアリ・アップの言葉が最も端的に作品を表わしている。「私は人に好かれようと思ってここにいるのではない。私は人に聴いてもらうためにここにいるの」。
インタビューはスリッツの多くのメンバーたち、アリ・アップ、テッサ・ポリット、ヴィヴ・アルバータイン、パルモリヴのほかオリジナルメンバーであるケイト・コラス、ブルース・スミス(SLITS/THE POP GROUP/PiLのドラマー)、バッジー(SLITS/SIOUXSIE AND THE BANSHEESのドラマー)、再結成後のホリー・クック、ドクターノウ、アデーレ・ウィルソン、アンナ・シュルテのほか、ROXY CLUBのDJでありパンクドキュメンタリー作家のドン・レッツ、アルバム「CUT」のプロデューサーであるデニス・ボーヴェル、ポール・クック(THE SEX PISTOLS)、ジーナ・バーチ(THE RAINCOATS)、アリソン・ウルフ(BRATMOBILE)など多岐にわたり、スリッツが如何に進化し、世界中の人々に影響を与えていったかを描いている。 監督は2011年のデビュー作であるワシントン州オリンピアのバンドKARPのドキュメンタリー映画『Kill All Redneck Pricks: A Documentary Film about a Band Called KARP』が10カ国で上映され好評を博したウィリアム・E・バッジリー。本作は長編第二作目となる。
都道府県 劇場名 公開日
東京 新宿シネマカリテ 12月15日(土)〈3週間限定〉
大阪 シネマート心斎橋 12月29日(土)〈1週間限定〉
愛知 名古屋シネマテーク 2019年1月2日(水)〈10日間限定〉